移民問題を受けた国境審査の全面化、EUの損失は1.4兆ユーロに
難民の急増を受けてシェンゲン協定加盟国の一部で暫定的に再導入されている国境審査が加盟国全体に拡大し期間も長期化すると、欧州連合(EU)の域内総生産(GDP)は今後10年間で最大1兆4,000億ユーロ押し下げられる。加盟各国の輸入物価が上昇するためで、数値化できないコストも含めると、欧州経済の負担はさらに膨らむ見通しだ。スイスのリサーチ会社プログノースは独ベルテルスマン財団の委託で実施した調査でそんな結論を導き出した。
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シェンゲン協定は加盟国間の国境審査の廃止を取り決めたもので、1995年に発効した。現在は英国、アイルランド、ルーマニア、ブルガリア、キプロス、クロアチアを除くEU22カ国にノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン、スイスの4カ国を加えた計26カ国が加盟している。
だが、難民流入が急増した昨秋以降、ドイツ、オーストリア、フランス、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの6カ国が国境審査を暫定的に復活させた。同協定の第26条は、治安などに深刻な脅威がある「例外的な状況」に限り、加盟国が原則6カ月の期限付きで国境審査を再導入し、その後、最長2年まで同措置を継続することを認めている。
EUは現在、難民問題の解決に向けて協議しているものの、EU域内に流入した難民を加盟各国に割り当てることを求めるドイツと、難民受け入れを拒否するハンガリーやポーランドなどが対立。解決の見通しは立っていない。
現在は冬で移動条件が悪いため、欧州に流入する難民の数は減っているものの、春になり気温が暖かくなれば再び大幅に増加するのは確実の情勢。その前にEUレベルで有効な対策を実施できなければ、シェンゲン圏内の国境審査が本格化する恐れがある。
その場合、国境検問所前ではトラックやバス、乗用車が長蛇の列をなすようになり、企業の物流・人件費は上昇。これらの費用は最終的に製品価格に転嫁されるため、圏内の輸入物価も上昇する。
<独GDPは年0.03~0.08%目減り>
プログノースはこうした認識に基づいて、輸入物価の上昇率が1%にとどまるとする「控え目なシナリオ(シナリオ1)」と、同3%に達するという「悲観的なシナリオ(シナリオ2)」の2つを作成した。
シナリオ1の場合、EU24カ国(ルクセンブルク、マルタ、キプロス、クロアチアを除く)のGDPは年0.04%押し下げられ、2016~25年の10年間で計4,705億ユーロ目減りする。
シナリオ2ではGDPの年減少率が0.12%に拡大。10年間の目減り額は1兆4,301億ユーロへと膨らむ。
国別でみると、GDPの低下率は特に英国で大きく、シナリオ1で年0.06%、シナリオ2で同0.18%に上る(表を参照)。スペイン、オーストリア、ポルトガルも高く、スイスは最も小さい。ドイツはシナリオ1で0.03%、シナリオ2で0.08%と影響が比較的小さい。
国によって輸入物価上昇の影響が異なるのは、輸入依存度のほか、各国の景気の現状や物価上昇に対する賃金の調整メカニズムに違いがあるためだ。例えば労働組合の力が強い国では物価が上がれば賃金も上昇し、インフレの影響が相殺されやすい。
欧州の輸入物価上昇は欧州域外のGDPも押し下げる。経済が相互に連動しているためで、米国のGDPはシナリオ1で0.01%、シナリオ2で0.03%低下。中国もそれぞれ0.01%、0.04%下落する。
国境審査の全面化は物価以外の面でも経済に悪影響をもたらす。国境の審査待ち時間が読みにくくなると、メーカーは在庫の積み増しを余儀なくされ、国境をまたいだジャストインタイムシステムの運用が難しくなるためだ。サプライチェーンを維持できない状況に陥れば、企業の直接投資や競争力全般にもしわ寄せが出るのは避けられない。観光や国境をまたいだ通勤も大きな影響を受けることになる。
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