中部ジャワ州南海岸、チラチャップ。古くから海運と漁業の街で、現在は地熱発電や石油などの産業でも知られています。ジャカルタからの陸路では幾つもの険しい峠越え、中部ジャワの主要都市であるスマランやジョクジャカルタとも距離があることから、ジャカルタ在住邦人でも観光で訪れる人はほとんどいないと聞いています。このチラチャップのインド洋を臨む海岸線に身を隠すように潜んでいるのが「ペンデム要塞(Benteng Pendem)」です。
港の監視目的で建設されたのが1865年。日本占領下では刑務所としても利用されたのち、インドネシア独立後は廃虚と化し管理も整っていなかったのだそうです。時は過ぎようやく2013年、インドネシアの文化財に指定され本格的な改修工事が行われると、チラチャップの観光の目玉として一般公開が始まりました。
入り口付近にある矢印どおりに散策を開始しても最初は日本の城を彷彿させるお堀が目を引くだけ。他の建物は見当たりません。なんだ。こんなに広いのにきっと全部崩壊してしまったんだ……と思いつつ歩き続けてみると、物陰から獄舎、兵舎、弾薬庫、謎のトンネルなどが次々に姿を現してきます。そこでハタと、ここは丘陵や河岸などの地形を活かして穴を掘り通路を造り、遠景ではただの荒地に見えるよう計算されつくした設計になっているのだと気付きます。その潜伏感に、思わず背中がゾクゾク。怖がりの方は歩き進むことができなくなる正真正銘の要塞です。
もう一つは、「ブンガワンソロ」で有名なソロ川が流れ、中部ジャワと東ジャワの境目にある東ジャワ側の街、ンガウィ。人類が道具を使って刻み込んだ模様の跡がある、史上最古とされる約50万年前の貝の化石が発見された、トリニール遺跡があることで世界中の考古学者には有名です。
1825年、このンガウィの要所、ソロ川とマディウン川が周りを取り囲むように分岐していく行き止まりに建設されたのが「ファン・デン・ボッシュ要塞(Benteng Van den Bosch)」です。床や天井が抜け今にも崩れそうな壁、それに張り巡らされた大木の根、アーチ門の跡は水道橋を思わせる風貌。その廃虚感は古代ローマ遺跡のようで、どこかロマンチックな雰囲気も漂います。訪れた日には結婚写真の撮影会が行われていました。この「ファン・デン・ボッシュ要塞」も、ことし2月に修復改築と観光地化の宣言がなされたとのことで、今後ますます注目のスポットになっていくことでしょう。
要塞を訪ねずしてインドネシアを訪ねたにあらず。日本の教科書には載っていない歴史、ガイドブックには載っていない、見どころ。皆さまもぜひインドネシアの要塞巡りでこの国の魅力をまたひとつ発見してみてください。ジャカルタからチラチャップ、ンガウィには鉄道利用が便利です。(日本旅行インドネシア、水柿その子、写真・イラストも)
ソース:https://www.jakartashimbun.com/free/detail/49360.html