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「復興、ゆっくりでいい」 一家で被災、北ロンボクの岡本さん

 
7年前に島の男性と結婚した岡本さんは、夫と6歳の娘、夫の母と4人で暮らす家が昨年8月5日の地震で損壊。一家は無事だったものの、翌6日から村人とともに高台のテントへ避難した。日ごろから井戸水やかまどを使い、昔ながらの生活してきた村人たちは、支援物資が届く前から、火をおこし、食料を持ち寄り、助け合ってきた。

 
旅行業の夫をはじめ観光を生業にする村人たちは、家だけでなく、生活の手立てをも失った。だが「被災してプラスだったことも多い」と岡本さんの表情は明るい。数カ月の避難生活を通じ、「同じ場所で同じものを食べ、これからどうなるんだろう、いや大丈夫だろう、という気持ちを共有してから、ご近所さんとより親密になったんです」と話す。

  
がれきがほぼなくなり、再建に動き始めた村を案内してもらった。建て替えが進む家の前では女性が赤ちゃんをあやし、子どもたちは自転車で元気に遊びまわっていた。「あの時妊婦さんだったご近所さんが子どもを産んだり、同じ避難先で過ごした中高生があいさつをしてくれるようになったり、ちょっとしたことがうれしい。子どもの成長がすごく励みになる」と笑う。

 
岡本さんは地震直後からSNSで現地の情報を発信し、支援を呼びかけてきた。「寄付をいただいてから、成果を出して報告しなきゃ、早く復興しなきゃというプレッシャーもあった」と言う。だがのんびりした村の人たちは、雨期を控えてもテントで暮らし、床がびしょびしょになって初めて雨対策を施すなど「復興すらもゆっくり」。「先を見通してあれこれしなさいというのは、ここにそぐわないし、求められてもいない。ゆっくり着実に復興できればいい」と前を向く。

 
■心のケアが課題
 
家の再建や物流の復旧など、日常の生活が戻りつつある一方で、進んでいないと思うのは、心のケアだという。
 
「がれきだらけの真っ暗な道を、孫と息子と逃げたのよ」。岡本さんへの取材中、近くに座っていた60代の義母、サディアさんがふいに、地震の夜のことを話し始めた。
地震は岡本さんの外出中に起き、サディアさんらは自宅で被災した。母屋に致命的な被害はなかったものの、再び地震が来るのを恐れた一家は、避難先から戻ってからも家の庭に張ったテントなどで過ごした。
 
岡本さんと夫、娘は、昨年末までに家の中に戻った。だがサディアさんだけが、今も家に入れず、庭にあるあずまやで寝泊まりしているという。
 
「姑は初めての大地震で、腰が引けて思うように逃げられなかった。怖さしか残っていないんです」と岡本さん。サディアさんは体のあちこちが痛いと訴えたり、血圧検査に来た赤十字職員を相手に地震のことを長時間話したりと、地震のストレスが見られるという。
 
地震後のメンタルケアは、子どもたちのトラウマを癒やす目的のものが多く、岡本さんは「年配の人は置いていかれている」と感じている。一緒に住む家族だけでは支えきれない側面もあり、「おじいちゃん、おばあちゃんの話をゆっくり聞いてくれる人がすごく必要だと思う」と話した。
 
(じゃかるた新聞:木村綾、写真も) 
 
ソース:https://www.jakartashimbun.com/free/detail/48849.html