日本でも数年前、学校教師が国歌斉唱時に起立を拒否して話題になるなど、洋の東西を問わず、国歌は国と個人の自由意志の解釈の違いを顕在化させることもある。
先日、ブラジルでも国歌をめぐる事件の顛末が報道されたが、他国でみられるような「愛国心と良心の自由の対立」とは違う構図の事件だったようだ。
グローボ系ニュースサイト「G1」が9月29日づけで伝えたところによると、ブラジルの飲料メーカー、トレス・コラソィンスが遅刻した従業員に同僚の前で国歌斉唱を命じたかどで訴えられていたが、29日、裁判所は同社に3000レアル(約10万円)の損害賠償を命じた。
トレス・コラソィンスはブラジルを代表するコーヒー製造販売業者の一つで、社名を表す3つのハートの商標でおなじみの国民的ブランドだ。
裁判所の記録によると、会社を訴えた従業員は、上司に命じられ同僚のいる前で国歌を歌わされ、歌詞を間違えてしまったことで職場中で嘲笑の対象となり、以後、大勢の社員にからかわれ続けるきっかけになったと主張している。
裁判所の判事は満潮一致で、国歌斉唱を強要した会社の行為は重大なモラル違反に該当するとの判断を下した。判事たちはまた、同じ職場で遅刻したときに国歌斉唱をさせられたことがあるという別の社員の証言も得ていた。
その社員の証言によると、当該上司は国歌が大好きで、遅刻をした社員や業務のパフォーマンスで下位グループにある社員に罰として歌わせることを好んだという。
地方裁判所の第1審ではトレス・コラソィンスに対する損害賠償額は33000レアル(約11万5000円)との判決が出た。トレス・コラソィンス側は国歌斉唱は職場の生産性を下げる、労働の質を下げるものではないとして控訴していた。
しかしながら裁判所は、企業側の主張とは異なり、本来は愛国心と市民意識のシンボルであるべき国歌を、罰として歌わせることは勤労意欲を高めることには寄与しておらず、同僚の前で歌わされた従業員を嘲笑にさらすだけに終わっていると結論付けた。
裁判所の記録では、この事件がいつ、トレス・コラソィンスのどの部署で起こったかは明らかにしていない。3Cの発表によると、事件の開示内容は法に従って行われているとのことだ。
「当社は社内外を問わず、人に対する敬意を欠く行為、不平等な扱い、会社の価値を損なう行為に対して厳しい対処をいたします。国歌斉唱は各事業部のミーティングが始まる際等に当社グループ内企業で日常的に行われていますが、懲罰の手段として行っていることはありません」(トレス・コラソィンス広報)
日本でも最近はパワハラという概念が浸透し、会社における上司または先輩と部下または後輩の関係性がずいぶん変化した。15年前には当たり前だった同僚の前での説教・叱責は訴訟の対象になりえる時代になった。
ブラジルは日本と比べ、お互いのプライドに配慮しあう傾向が強い。そのため従来から同僚が見ている前で叱責すると当然のように裁判になる。上司たちは部下に対するフィードバックにはかなり神経を使っているという。
このように労働訴訟が多いブラジル社会で、しかもかなりの大企業でこのような事件が起こったことにむしろ驚きを感じざるを得ない。
(文/原田 侑、写真/麻生雅人)
写真はトレス・コラソィンスが発売しているアイスコーヒー飲料
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