ブラジル・テメル政権の経済改革。期待と不安の交錯する2017年
2016 年、ルセフ大統領が弾劾裁判によって8月末に罷免され、さらに10月の地方選挙で同大統領の属する労働者党(PT)が壊滅的敗北を喫したことで13年半に亘ったPTの治世に幕が降ろされた。副大統領から昇格したテメル大統領(ブラジル民主運動党;PMDB)は未曽有の不況下で持続可能な財政の確立と投資環境の改善を最優先課題に掲げて精力的に政策を打ち出しているが、5月に暫定政権として発足してから年末までの半年で6人の閣僚が汚職等の嫌疑で辞任を強いられ、また大統領自らの立場も安泰とは言えないなど政治基盤は極めて不安定である。
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第3四半期の実質GDP成長率(前年同期比)は▲ 2.9%と10 四半期連続マイナスを記録、需要項目別にみても総固定資本形成は10 四半期連続、個人消費は7四半期連続、政府支出は6四半期連続でマイナスとなった。
15年第4四半期の▲ 5.8%をピークに以降マイナス幅は徐々に縮小しており、その意味で底打ちが近づいていることを予感させるものの、2016年通年では2015年の▲3.8%に続いて3.5%程度のマイナスになる見通しである(2年連続のマイナス成長は1929-30 年以来)。背景には内需の激しい落ち込みがある。
テメル政権がとくに注目するのは財政の悪化振りである。
この20 年、公的支出の伸びはコンスタントに経済成長率を上回っており、14年には基礎的収支がついに赤字(GDP 比0.6%)に転じ、16年は2.5%に拡大する見込み。総合収支もここ数年赤字が急拡大、15年にはGDP 比10.4%に達し、16年も9%近い赤字が見込まれる。その結果、公的債務/GDP 比も上昇に歯止めがかからず、16年には70%に達した模様。
失業率も15年から急上昇し、16年末には12%(1,200 万人強)に達した。
唯一の明るい材料はインフレ率が16年1月(10.7%)をピークにその後、大方の予想を超える低下を示し、16年は6.3%と中銀のインフレターゲットの許容範囲(4.5%± 2.0%)に収まったことである。
中銀の政策金利も15年7月から1 年余に亘って14.25%で据え置かれてきたが、インフレの予想外の沈静化を受けて10月、11月と利下げのサイクルに入った
テメル政権は、ポピュリズム的財政政策と経済への国家介入が経済の激しい落ち込みを招いたルセフ政権の反省に立ち、2015年に失った投資適格を取り戻すことを目標に、短期の即効的景気回復策よりも長期的な構造改革に軸足を置き、持続可能な財政の確立と競争力の強化を柱とする施策に取り組んでいる。
(1)ハイライトは何といっても憲法を改正して歳出の伸びに20年に亘る上限(キャップ)を設定したことである(12月13日の上院本会議で憲法改正案が最終承認、15日発効)。
本改正は2036年までの20年間、利払いを含まない連邦歳出の伸びを前年のインフレ率の範囲内に抑える、すなわち歳出を実質ベースで2016年レベルに固定せんとするもの。
前例のないショック療法であり、種々批判はあるが歴史的な一歩といえよう。2027年以降の10年については上限設定方式を再検討ことになっている。ブラジルの歳出構造は憲法・法律で定められた義務的支出が9割を占め、さらにその4割が社会保障費であることから極めて硬直的となっている。
(2)歳出キャップの実効性を確保するためには財政改革の本丸ともいうべき社会保障(特に年金制度)にメスを入れることが不可欠であり、政府は12月6日、年金改革案を議会提出した。
老齢退職年金の受給開始年齢を25年以上の納付を要件として男女一律、官民一律65歳とする(現在の平均的退職年齢は54歳)。
本年の議会で審議される予定であるが、国民の生活を直撃するものだけに難航が予想される。
(3)競争力強化に向けた基盤創りの施策としては、2017年にはビジネスコストの引き下げに向けて硬直的な労働慣行(12月22日改革案提出済み)、複雑極まる税制の改革にも着手する意思を示している。また9月に発表したProgram for Partnership and Investment (PPI)のもと、供給サイドの深刻な制約となっているインフラ事業について大規模な民営化・コンセッションを推進するとしている。国家管理のもとにあったインフラ事業に内外の民間セクターから多様なプレーヤーを取り込むとの方針である
2017年の成長率見通しについては、2016年、テメル暫定政権の発足を機に期待先行の形で各種機関が予測値を引き上げたが、9月をピークに年末にかけて下方修正を行った。
中銀が毎週発表する市場コンセンサス予想は1月に入って1.0%から0.5%へ、IMFは0.5%から0.2%へ引き下げるなど、厳しい見方をしている(ちなみに政府の現在の公式見通しは1%)。要すれば、辛うじてマイナス成長を回避できるかという程度である。
前記の財政改革が成立しても即効性は望み得ない。基礎的財政収支の黒字化には4年ほどかかると見られ、公的債務の安定化に必要なGDP 比3%以上の黒字達成はさらに数年先といわれている。
また公的債務/GDP比も試算によれば安定するのは2020年ごろ、その後ようやく極く緩やかな下降線を描く。
中央政府の財政に加えて昨年から大きな話題となっているのが州財政の破綻問題だ(とくにRJ、SP、RS、MG 州)。赤字拡大で連邦への債務返済に支障をきたしている。
連邦政府は緊縮策採用を条件に最長3年間の債務返済猶予等の措置を各州と合意しているが、この問題への対応は連邦財政にも多大な影響を及ぼすため17年の重要な課題である。
民間企業も多大な債務を抱え、信用調査機関Serasa Experianによると、16年は15年(1,287 件)の45%増にあたる1,863 件の破産保護申請があった(過去11年で最高件数)。2017年もさらに増えるとみている。企業の投資回復はしばらく時間がかかるであろう。失業率も17年半ばころまでは上昇を続けると見込まれている。実体経済はすぐには動かない。回復の道のりは一直線ではなく、かつかなり緩慢なものとならざるを得ない。
2016年に目標圏内に収まったインフレ率はターゲットの中心値(4.5%)近辺まで低下が見込まれている。
それを先取りする形で政策金利も1月に13.0%まで一気に0.75 ポイント引き下げたが、年末までに一桁台も視野に入ってきている。なお、2017~18年のインフレ目標は4.5%± 1.5%と許容幅の縮小がすでに決まっている。
利下げのスピード、年金改革、労働法制・税制等ブラジルコストの緩和、インフラの民営化、州財政問題への取り組み…これらが長期・持続的な成長基盤創の試金石となろう。
ドラスチックな財政改革と競争経済への移行という、困難ではあっても避けては通れない、ブラジルの宿痾ともいうべき構造問題に果敢に切り込んでいく姿勢は評価してよいが、その成否はテメル大統領が任期(~ 2018 年末)を全うできるかにかかっている。
最後に、その可能性について整理しておきたい。
ペトロブラスを舞台とする汚職捜査の収束が見えないなか、汚職スキャンダルで主導的役割を果たしたラ米最大手の建設会社オデブレヒト(オデブレッヒ)社が12月初に検察と過去最大規模ともいわれる司法取引に合意、前CEO をはじめ77 人の役職員が贈賄の全容について供述を行うこととなった。
すでに一部がリークされているが、連邦最高裁は1月末にこれら証言を有効と認定した。有力政治家のほとんどを網羅していると見られ、潜在的に大きな破壊力を持つ。
2014年大統領選挙のキャンペーン資金(の不正の有無)を調べている高等選挙裁判所(TSE)が同選挙の結果そのものを無効とするカードを切るか否か、上半期中にも最終判断を下す。司法取引での幹部の証言とTSEの判断、この二つがテメル政権にとって上半期最大のリスク
といえよう。
任期の残余期間が2年を切ったこの時点で退陣を余儀なくされた場合の新大統領の選出は国民の直接選挙ではなく議会が大統領を選出することになっているが、展開次第では再び大きな政治空白が生まれることが懸念される。
決して安泰とはいえないテメル政権は、改革推進と政権維持の厳しい板ばさみ状態で国家運営を強いられるが、2月初の上下両院議長選挙(任期2年)で両院ともテメル支持派が議長に選出されたことは、今後の法案の議会審議において大きなプラス要因にはなろう。
2018年10月の大統領・連邦議会選挙が近づくにつれ現在議会の過半数を占める連立与党の議員も不人気な政策から距離をおくようになる可能性がある。その意味で少しでも早く目に見える成果(年金改革の成立等)を挙げることが肝要であり、時間との競争ともいえる(2017年2月6日)。
ブラジル特報 2017年3月
※「ブラジル特報」は日本ブラジル中央協会が発行している機関紙。政治、経済、文化、芸能など多岐に渡るブラジルの話題を掲載。隔月発行、年6回、会員に無料配布される。日本ブラジル中央協会への問い合わせは、E-mail info@nipo-brasil.org、TEL:03-3504-3866、FAX:03-3597-8008 まで。
ソース:http://megabrasil.jp/20170320_34482/
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