1970年代までは家業の継承に大きな問題が生じることがなかった。長男が後を継ぐことが昔からの自明のルールとして通用していたためだ。
だが、80年代に入ると自分の人生は自分で決めるという価値観が広がりだし、跡取りとなることを拒否する子供が増加。家業の売却を模索する経営者が増えている。
高級ゼクト(ドイツの発泡ワイン)メーカーのゲルダーマンは1838年創業の老舗醸造所。フランスのシャンパン「ドゥーツ」はもともと同社のブランドだ。ゲルダーマンは2003年、オーナーの子息が事業の継承を望まなかったため、低価格帯のゼクトを手がける大手のロートケップヒェンに身売りした。業界関係者の間では当時、「一流ホテルのシェフも社員食堂ではまともなものを作れないだろう」との皮肉がささやかれた。
だが、オーナー企業の後継者不足が年々、深刻化していることを踏まえると、売却先が見つかったのは幸運だ。
ドイツ商工会議所連合会(DIHK)によると、家業の売却先を探すために各地の商工会議所(IHK)に相談する経営者はDIHKが調査を開始した07年の4,500人から昨年は5,943人へと32%増加。一方、企業買収に関心を持つ起業家でIHKに相談した人(潜在的な売却先候補)は6,400人から4,214人へと34%減少した。
潜在的な売却先候補に対する家業売却の模索者の比率は最低だった09年の0.58から昨年は1.39へと大幅に上昇した(下のグラフ参照)。潜在的な売却先候補1人につき家業売却の模索者が1.39人いる計算で、買い手市場となっている。
同比率を業界別でみると、製造業は4.6とダントツで高く、日本に並ぶモノづくりの国であるドイツの将来に影を落としている。ホテル・飲食、交通、流通業でも同比率が2前後と高い。小売ではネット通販が従来型の販売形態である実店舗を圧迫していることが響いている。
家業の売却市場では数字上のミスマッチだけでなく、◇経営者が売却したい企業が潜在的な売却先候補のニーズに見合っていない◇潜在的な売却先候補が買収資金を確保できない◇買収後に事業の近代化投資が必要となる――といった問題も目立っており、売却先を見つけられず廃業に追い込まれるケースが今後、増える懸念がある。
ドイツではもともと企業家精神が弱く、今後3年以内に起業を行うことを考えている人は全体の6%にとどまる。これは日本を除くG7(主要7カ国)のなかで最も低い。特にリーマンショックに伴う金融・経済危機から回復した後は、企業が好条件で人材を確保しようとする傾向が強く、潜在的な売却候補の減少につながっている。
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